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廃藩置県があった後の鍋島焼

今泉今右衛門家

明治4年(1871年)の廃藩置県で大川内藩窯はその歴史を閉じました。しかし鍋島の技法と伝統は赤絵町の「今泉今右衛門家」によって復興と継承がなされています。

9代目の今泉今右衛門は廃藩置県の2年後の明治6年(1873年)に亡くなり10代目が26歳で家督を継ぎました。

従来の鍋島焼では下絵付け・本焼きの工程は大川内で行い、上絵付けの工程は赤絵町というようにそれぞれが分業して行っていましたが、10代目の今右衛門は自身が登り窯を築いて、成形、下絵付け、本焼きから上絵付けまでという自家工房での一貫生産体制を確立しました。

11代目の今右衛門は皇室御用品などを製作して、従来の鍋島の主力の皿類だけでなく、近代生活に対応したさまざまな器種の製品を手掛けていきました。

12代目の今右衛門は、現代的デザインを取り入れた作品を作っていき、12代目の時代に設立された色鍋島技術保存会は国の重要無形文化財「色鍋島」の保持者として認定を受けています。

12代目が亡くなった後は、重要無形文化財「色鍋島」の指定は昭和50年(1975年)にいったん解除されてしまいましたが、翌年昭和51年(1976年)に13代目今右衛門を代表者とする色鍋島今右衛門技術保存会を保持団体として再指定されています。

13代は個人としても重要無形文化財保持者つまり人間国宝に認定されていて、酸化ウランを呈色剤とする「薄墨」という技法を開発しました。13代がなくなった後の平成14年(2002年)には14代目今右衛門が襲名しています。14代目は伝統を継承しつつ、近世以来の「墨はじき」の技法を深化させています。

注目を浴びた鍋島焼

将軍家や大名という贈答用高級品として作られていたので、一般用には出回っていなかった鍋島焼が鑑賞陶磁として注目されるようになるのは大正期以降のことです。鍋島焼を紹介した最初期の文献とされているのは、イギリス人フランシス・ブリンクリー(軍人出身のジャーナリスト)が明治34年~35年(1901~02年)に刊行した『日本と中国』だとされています。

物理学者で貴族院議員の大河内正敏は、陶磁研究家としても知られていて、彩壺会という研究会を主宰していました。大正5年(1916年)に駿河町(日本橋)三越で「柿右衛門と色鍋島」という展覧会を開催しました。そして同年に展覧会と同じく『柿右衛門と色鍋島』という題名の講演録を出版しています。この本は日本人によって書かれた最初の本格的な鍋島焼紹介書になっていて、それ以後の研究にもこの書からの影響を大きく受けています。

器の種類

大川内藩窯の主力の製品は皿や向付といった食器類でした。近世では他の窯で盛んに焼かれた茶陶(ちゃとう)はほとんど焼いていません。壺、瓶子(へいじ)のような「袋物」や蓋付碗、そして香炉のような製品も現存してはいますが、どれもとても数は少なくなっていて、やはり主力は皿類になっています。

鍋島の皿は木盃形(もくはいがた)といわれる独特の形状のになっていて、側面から見ると高台(こうだい)が高くなっていて、高台から縁へ張りのあるカーブを描いています。皿は円形のものが主な形状で、直径が1尺、7寸、5寸、3寸というように規格化されています。特に直径1尺(約30cm)の大皿は現存品がとても少なく「尺皿」と称されて珍重されています。皿には高台周囲に短い脚を付した三脚皿や、八角皿、花形などの変形した皿もあります。向付や小皿は同文様のものが5客、10客などのセットで作られています。その一方で、尺皿には互いに同模様のものが少なくなっているので、おそらく1点生産だったのでは。と思われます。

鍋島焼の作風と技法

染付 ・・・ 中国では「青花」と呼ばれています。素地上に青一色で文様を表していて、呉須(酸化コバルト)を呈色剤(発色剤)としています。素地の上に直接、または素地を1回素焼きした上に呉須(顔料の一種)で文様を描きます。透明釉を掛けて高火度で還元炎焼成(窯に十分空気を供給せずに焼く)すると青色に発色します。染付だけ(青一色)の作品と、染付の上に色絵を施したものがあります。

青磁 ・・・素地に灰釉を掛けて高火度で還元炎焼成することによって、灰に含まれる酸化第二鉄が還元されて酸化第一鉄になり、青系色に発色します。

錆釉 ・・・ 酸化第一鉄を呈色剤(発色剤)として酸化炎焼成することによって茶系色に発色します。

瑠璃釉 ・・・呉須を上絵具ではなく釉薬として使用したものです。透明釉に呉須を混ぜます。

墨はじき ・・・青海波文(海の波のうねりを描く)、七宝つなぎ文(七宝をつないだ模様)といった細かい地文を表す際に使われる技法です。青海波などの文様を青と白で表す場合には、白くしたい部分の線を墨で描ぎます。素焼きした生地に墨で文様を描き、その上から呉須を塗ります。これを高温焼成(本焼き)すると、呉須は青色に発色しますが、墨描きの部分は白抜きとなります。

鍋島焼きの代表作(尺皿の著名作品)

  • 色絵柏樹双鳥文皿・・・東京国立博物館:鍋島にしては異色の作風になっていて、鍋島の初期作と見なされています
  • 色絵桃花文皿・・・MOA美術館:重要文化財
  • 色絵橘文皿・・・MOA美術館
  • 色絵宝尽文皿・・・林原美術館
  • 色絵柘榴文皿・・・個人所蔵
  • 色絵岩山吹文皿・・・スイス:バウアー・コレクション
  • 色絵蘭図皿・・・個人所蔵
  • 色絵芙蓉菊文皿・・・サンリツ服部美術館:重要文化財 こちらは鍋島焼では唯一、第二次大戦より前に当時の国宝にあたる重要文化財に指定されています。
  • 色絵岩牡丹植木鉢文皿・・・栗田美術館:重要文化財
  • 色絵藤棚文皿・・・九州国立博物館:重要文化財
  • 青磁染付宝尽文皿・・・根津美術館
  • 青磁染付宝尽文皿・・・林原美術館
  • 青磁染付水車文皿・・・今右衛門古陶磁美術館
  • 染付鷺図三脚皿・・・佐賀県立九州陶磁文化館:重要文化財
  • 染付松樹文三脚皿・・・サントリー美術館:重要文化財

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